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Illustration, Graphic, Web

Column04.08.2016

おとなのポケモンGO

イーブイ2
イーブイ可愛いなぁと思って気軽に描き始めたけど、これがめちゃくちゃ難しい。当たり前と言えば当たり前だけど、ちゃんと動物の骨格を理解してないと描けない、一流のキャラクターデザイン。

何も知らない人には危ないニュースしか入って来ないと思うけど、人気のなかった公園に人が集うようになり、若い人の姿を見て嬉しくなったお年寄りが草刈りを始めたり、みんなでゴミ拾いするなど微笑ましい話もあるし、そんなに一緒に出歩くことがなくなった高学年以降の親子が散歩に出掛けるようになったりと、良いニュースも毎日事欠かない。(ついでに拾われてる猫の数も増えているというのも個人的には良い話)


小沢ファーム母子はタッグバトル???おばさんはもう解らない…とにかく二人で楽しく遊んでいるようだ。(パパもかな?)小沢ファームの友人は驚くべきポケモンネイティブ。昔、彼女が話してたことが今ようやく理解できるのは嬉しい。そしてこれも随分前に会った他の友人の息子くんに「ポケモンわかる?言える?」と聞かれ、ごめん、あんまり解らない、今度までに覚えておくね…と言って別れたことを思い出す。覚えておくね…と言った時の笑顔が忘れられない。彼はもうすっかり大きくなったと思うが、またポケモンをやっているだろうか…。

(ちなみに小沢ファームの庚申さまはなんとポケストップである。新鮮な野菜とモンスターボールは小沢ファームで!)
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規制したり解放されたり、これまたやっていない人には訳がわからないと思うが、このゲームは危ないものではない。危ないのは夢中になってしまう大人だ。メールだって電話だって運転中にやれば危ないし、最初の頃は色々と言われたものだ。ルールの中でなんとか『大人が育って』今がある。まず簡単に言うとメールや電話と同じで、立ち止まって出来るものだし、逃げるものでもない。(逃げられることはあるけど物理的に追いかけるものではない)つい画面を見てしまう魅力は確かにある。そのぐらい面白いのだ。あとは理性の問題じゃないだろうか、大人だし。

子どもの頃どうしてもやらせてもらえなかった人は、ポケモンGOで「自分の中の小さな子どもが癒された」と言っていた。これも考えさせられる。なんでも自由にやらせるのが良いとも限らないし、それぞれの家庭での方針もあるだろう。みんながやってるから…という理由も必要ない。やりたい子もやりたくない子も、その子の選択なら素敵だ。危険がないよう見守るのが大人の役目じゃないだろうか。見守れるよう知識を付けるのも、また大人だと思う。(子どもがいない者の勝手な物言いだが)

と言う訳で、これは大人として、Webに関わる者として必要な知識のためですよ、ええ。という名目の下、ポケモンゲットだぜ。

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Column06.05.2016

愛されて育つこと『ALEXANDRITE』成田美名子・作

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折りに触れて読みたくなる、と言いながら手放して随分たってしまっていた成田美名子・作『ALEXANDRITE』。以前勤めていた事務所にはあったので、たまに開いてはじんわりとツボを衝かれて棚に戻していたのだが、どうやらKindle版が出ている模様。(前に探した時なかったのにな〜)

ごく最近、読み返したくなった箇所はヒロイン、アンブローシアが高校生の時、警察官である父を殉職で失うという回想シーンだ。回想してるのは主人公のアレックス。父親に恵まれなかった(と思い込んでる)アレックスが、何不自由なく育ったアンブローシアに対し「これで少しは苦労を覚えるだろう」と思い見に行くと、彼女は取り乱すこともなく静かに涙を流しているだけだった。「くやしくて悲しいのよ ね、わかる? もうパパになにもしてあげられないんだってことが 悲しいの」自分との違いに打ちのめされるアレックス。いつも何かをしてもらうことばかり考えていた自分を省みるのだった。

正直このシーンは当時、私も高校生で「そんなものかな」という程度だった。今更ながら解るアンブローシアの気持ちは、例え高校生の頃、親を亡くしたとしても共感できただろうか、とは思うが、二十年を超えて届くメッセージがあるということにこの作品の力強さを感じる。

それからもう一つ、アンブローシアを語る周りの大人による「愛されて育った子は強いわ 大丈夫」という言葉。これも当時は解らなかったと思う。

というのも、似たような話(と言って良いものかどうか…)に、盲導犬のパピーウォーカーがあった。盲導犬になるための犬は約10ヶ月、パピーウォーカーの家で愛情たっぷりに育てられる。ということはよく知られていると思うが、私は子どもの頃、それが良く解らなかった。1年近く甘やかされて育って、急に厳しい訓練をされたら、裏切られたって思わないのかな?優しさを知ってる分、辛くないのかな?勿論、今なら充分に解る。甘やかされるのと愛されるのは全然違うこと。愛されて育ったからこそ、人を信じられるからこそ、厳しい訓練にも耐えられるし、人の役に立つ喜びもある。

盲導犬の話とアンブローシアの話が繋がったのは、大人になってからだ。私は決して豊かではないが何不自由なく育ったことにコンプレックスを感じていた。幼い頃から苦労をしていた友人が多かったこともある。一人っ子がまだ珍しい時代、甘やかされたと言われることも少なくなかった。環境に関しては豊かであろうとなかろうと、兄弟が多かろうと少なかろうと、一人として同じであることはないのだから、それが人格を決定づけることはないと思うが、私にも私なりの強さが備わっているのだろうと思えるようにはなったのは、30歳の時に父の全介護を経験したことからだった。

さて、アンブローシアに少しだけ僻んだ恋心を持っていたアレックスも物語の終盤には自分がどれほど愛された存在であったか知ることになる。それはアンブローシアのように何不自由ないものではなかったけど、環境や時代の流れ、大人達の事情も、自分が大人になったことで知る機会を得られ、理解が進んだこともあった。愛される形は一つではないのだ。そうそう、殺処分を免れた犬が災害救助犬になったという話もある。愛を知るのに遅すぎるということはないのかもしれない。

以上のエピソードは物語のほんの小さなエッセンスで、大筋はコロンビア大学の生徒達による青春グラフティだ。(正確には代表作である『CHIPHER』の続編なのだが)日本人留学生ハットリを通してちょっとした留学気分も味わえるし、アレックスが空手と柔道をやっているため日本旅行のシーンもある。時代をしっかり設定している作品だけあって、当時の円高ドル安が垣間見え、今読むからこそ感じることがあったりもする。

Kindle版も手に入れたし、またいくつかの発見があるのだろうなぁと思うと、まだまだ楽しみな作品だ。

Column16.01.2016

習うこと

母がずっと弾いていた曲があって。ちょっとまじめに練習するからと言うので、Youtubeでプロの演奏を聴いてみた。

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あれ?一音違う。

私はずっと母の演奏でしか聴いたことがなくて、その時初めて他の人の演奏を聴いた。すぐに判った。母は気付かない。どこ?どこ?と動画に合わせて弾いて突き止めた。ああ、スッキリ!

何十年も間違えて弾いていたのである。

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別に好きに弾くなら少しぐらい違っててもいい。変えちゃってもいい。
それはそうだけど、それもいいけども、習うってことも大事だなぁ。

なんでもかんでも教えて貰おうとするのも、おんぶにだっこになりがちだけど、独学で充分と突っ走るのも、修正の機会を失うことになる。

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別に母は独学で突っ走っていた訳ではなく、習っていた曲をやめた後、どっかで間違えたまま弾き続けていただけなのだけど、多少でも、たまにでも、誰かに見てもらっていたら何十年も間違えたまま弾くこともなかっただろう。まぁこの場合、一生間違えていても全然問題はないのだけど、「習う」ということに関して考えさせられてしまった。

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という訳で、という訳でもないのですが。

デッサンを習ってます。ちゃんとした石膏デッサン、やったことなかったので。石膏デッサン…でなければ習おうとしなかったかもしれない。石膏像がないとできないから習うことにしたのだけど、「習う」って大事かも。毎時間、色んな発見があります。それは一人では見つからなかったことだと思います。